吉田 伊惣治
よしだ・いそじ



(1818〜1884)


岩代国河沼郡駒坂村(現・河東町)の古川次左衛門の五男に生まれる。長じて会津郡牛ヶ墓村吉田伊右衛門の養子となり、牛ヶ墓村肝煎を務める。
戊辰戦争に際し、飯盛山に自刃した白虎隊士の遺体が野ざらしのままなのを哀れに思い、隊士の遺体を妙国寺の墓地に運び埋葬した。しかし新政府当局の譴責を受け、やむなく飯盛山に遺体を戻した。
墓は福島県会津若松市飯盛山にある。

参考
『幕末維新人名事典』新人物往来社



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