諏訪 大四郎
すわ・だいしろう



(生年不詳〜1869)


会津藩士。家老。
名は頼徳。諏方伊助頼故(500石)の四男。家禄を継ぎ、1836年(天保7年)奉行、46年(弘化3年)若年寄、59年(安政6年)家老に進み、録1700石となる。理財に明るく、当時窮迫していた藩財政の再建に尽力して功があった。
戊辰戦争の際は隠居していたが家老格で入城し、防戦につとめた。
戦後は妻・喜智子とともに塩川の大沢に移り、その地で没す。
会津若松市門田町の恵倫寺に葬ったが墓望は不明。


参考
『幕末維新人名事典』新人物往来社



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