西郷 千恵子
さいごう・ちえこ
(1825〜1868) |
会津藩士・飯沼粂之進(450石)の二女。 家老・西郷頼母に嫁し一男五女の母。1868年(慶応4年)戊辰戦争の10月8日(旧暦:8月23日)、西軍が若松城下に殺到し城郭に迫ると、長男吉十郎のみを城中に送ったあと、家族を集め国難に殉じる大義を説き、娘、義妹ら一族21人が、ことごとく自刃して果てる。 「なよ竹の風にまかする身ながらもたわまぬふしはありとこそ聞け」の辞世を残す。 墓は福島県会津若松市門田町善龍寺。 参考 『幕末維新人名事典』新人物往来社 |
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