丸山 抱石
まるやま・ほうこく



(1817〜1898)


会津藩士。画人。
鎮之丞と称す。名は胤録・胤重。号は逸翁・方斎など。丸山忠之丞胤永の長男。藩校日新館に学び、書画および詩を好み、武芸を能くした。家禄500石を継ぎ、学校奉行となり、藩主が京都守護職在任中は京都常詰番頭を勤める。
戊辰戦争後、下北郡安渡(大湊)に移住。さらに室蘭から札幌に移る。晩年に至るまで画技を愛し、札幌山鼻の自邸に没す。

参考
『幕末維新人名事典』新人物往来社



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