黒河内 松斎
くろこうち・しょうさい



(1794〜1858)


会津藩士。
名は高定、通称十太夫、松斎は号。会津藩兵学者黒河内節斎の嫡孫。祖父から兵学を学び、江戸にあっては天下の士と交わり、広く名声が高まる。福山藩主阿部正弘会津藩主に請うて、藩士たちに松斎の兵学を学ばせる。将軍徳川家慶も松斎に命じて駒場で操練を行わせ、自らも老臣を従えて見学。会津藩江戸湾警備に当たり軍事奉行となる。
墓は東京都港区芝白金興禅寺。

参考
『幕末維新人名事典』新人物往来社



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