日向 左衛門
ひなた・さえもん



(1827〜1868)


会津藩士。
米代三ノ丁に住居し400石。御旗奉行。父は与惣右衛門。
戊辰戦争前に町奉行を引受け、大町口郭門を守るために乗馬して出陣したが、新政府軍が若松城下に殺到するに及んで重傷を負い、近くの母の実家加須屋大学(800石)の庭で自決。
長男・新太郎は20歳の若さで10月23日(旧暦:9月8日)の飯寺の戦いで花と散った。長女が『萬年青』を書いたユキ。
墓は会津若松市宝町法華浄光寺。

参考
『幕末維新人名事典』新人物往来社



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